集中治療における重症患者の末期医療のあり方についての勧告

平成18年8月28日


日本集中治療医学会 理事長 平澤博之

会員諸氏へ
集中治療の使命が急性重症患者の救命であることは言うまでもない。しかし、重症であればあるほど、可能な限りに濃厚で高度な集中治療をもってしても、救命不可能な状態に陥るのを阻止できない場合がある。この急性重症患者の末期状態(注1)においては、集中治療はもはや尊厳を持って死に行く者を畏敬の念を持って見守る末期医療に代わらざるを得ない。
昨今、重症患者の末期医療のあり方が社会の注目を集めるなか、末期状態の治療に携わる頻度の最も高い集中治療専門医にあっては、医学的、法的ならびに倫理的に適正な判断と手続きを取ることが強く求められる。
そこで、理事会ならびに倫理委員会は、集中治療における重症患者の末期状態での治療の進め方(特に、治療の手控え並びに治療の終了)については、下記の諸点に留意すべきであることを会員諸氏に勧告することとした。

勧告

基本となる考え方
1.末期状態における治療の手控え並びに治療の終了(注2)は、原則として患者自身の意思に基づいて検討されるべきものである。
2.その実施にあたっては医学的な妥当性と家族の同意が必須の要件である。
3.その過程においては透明性を維持し、診療録に適正な方法で記載すべきである。
末期状態における治療の進め方
1)患者本人の意思確認について
書面で確認することが望ましいが、家族、同居者、親しい友人からの証言に基づく確認であってもかまわない。
家族の同意について
2)家族の同意は必須の要件である。もし異議を唱える家族がいる場合、治療の手控えあるいは治療の終了は選択すべきでない。
3)家族の意思確認の方法について
担当医が患者の意思を確認し家族の同意を得た後、およそ12時間以上の間隔を置いて、責任ある医師が再度、適切な方法で確認すべきである。
4.末期状態であることの判断について
担当医は末期状態であると推定した場合、患者あるいは家族の意思を把握した段階で、施設内の公式な症例検討会等で合意を得るべきである。
5.治療の手控え並びに治療の終了の選択肢決定にあたって
選択肢の決定にあたっては、家族に、その内容と実施した場合に予想される臨床経過を出来る限り具体的かつ平易に説明し理解を得るべきである。同時に途中で変更できること、変更しても後戻りできない段階があることについても説明し理解を得るべきである。
6.透明性を高め維持する方策について
複数の医師が患者本人と家族の意思を確認すること、末期状態の判断について施設内の公式な症例検討会等に付議すること、診療録に経過を記載することは透明性を高め維持するために不可欠な要件である。特に、家族の意思の確認や選択肢の決定に当たっては、代表した意思を持たない家族と担当医が単独で話し合うような事態は避け、予定された日時と場所に複数の医療者と代表する意思を持つ家族とが合議のうえで決定すべきである。
7.治療の手控え並びに治療の終了の実施に当たって、患者の疼痛、苦痛は完全に除去さ れていなければならない。
8.各施設は、早急に上記の手順に準じたマニュアルを作成し、その遂行に必要な体制を 整備すべきである。

なお、日本集中治療医学会理事会は末期医療のあり方について、今後とも積極的に取り組む所存であり、差し当たって下記の諸課題について検討を進めることとした。
1.末期医療に関わる倫理アドバイザー制度の創設について
2.末期医療の選択に関わるリビングウィルあるいはアドバンス・ディレクティブを表
明する市民レベルでの運動の推進について
3.末期医療を選択した事例に対するpeer review体制について
4.末期状態の普遍的な判断基準について
5.末期医療に関わる根幹的な諸課題の専門的検討を目的とした関連学会、関連省庁ならびに法律・倫理の専門家、学識経験者、メディア代表者などで構成する第三者機関の創設について
6.倫理アドバイザーを補佐する倫理アシスタント(倫理的判断を行う際に必要となる事実関係の確認、資料の収集や整理などを行う者)の育成について
7.本勧告の充実と具体化について
8.その他、末期医療に関わる新たな課題について

注1)末期状態
本勧告で用いた末期状態は、集中治療室等で治療されている急性重症患者の終末期を意味するものであり、「不治かつ末期」の状態である。

注2)一般に末期医療の選択肢には、下記の4つのパターンが考えられる。
a.現在の治療を維持する(新たな治療を手控える)
b.現在の治療を減量する(全て減量する、または一部を減量あるいは終了する)
c.現在の治療を終了する(全てを終了する)
d.上記の何れかを条件付きで選択する
以上