集中治療医ってどんな医師?
「ICU」「集中治療室」という言葉は聞いたことがありますが、具体的な想像がしにくい方がほとんどではないでしょうか。集中治療室で治療をおこなう「集中治療医」についても、漠然と「大変そう」「専門医ではないの?」というイメージを抱きがちです。そこで、ここでは現役の集中治療医たちに聞いた「集中治療医のリアル」をご紹介しましょう。
集中治療医について
集中治療医とは「さまざまな臓器不全や多臓器不全を発生している重症患者の全身管理とケア、また命をつなぎとめるための高度な知識と技術を持ち合わせている専門医師」のことを言います。
集中治療医になるには、なんらかの専門医を経て、集中治療医としての経験を積む必要があります。具体的には、専門医資格を取得後、日本集中治療医学会が認定した施設で1年以上勤務し、集中治療に関する学会発表や学術論文の発表を行うことで、集中治療専門医試験を受けることができます。
そもそも集中治療って?
そもそも集中治療とは、「生命の危機に瀕した重症患者を、24時間を通じた濃密な観察のもとに、先進医療技術を駆使して集中的に治療する」こと。そして集中治療室(ICU)とは、その集中治療のために濃密な診療体制とモニタリング用機器、また生命維持装置などの高度の診療機器を整備した診療空間をいいます。日本の医療はいつでも24時間看護ではないの?と思いがちですが、実は一般病棟では7人の患者に対して1人の看護師が付く体制。患者によっては心電図やパルスオキシメーターなどを装着して常に数値を管理していますが、状態が安定している場合は24時間張り付いて見る必要はないと考えます。
一方、集中治療室のある病院では、2人の患者に看護師が1人付く体制です。集中治療室には、いつ容態が急変するかわからない、または急変している最中で容態が不安定な患者が入っています。24時間を通じてしっかり状態をモニタリングする必要があるのです。
どんな専門医が集中治療医になるの?
日本の集中治療医のバックグラウンドは、主に麻酔科医が6割で救急医が4割。これには日本の集中治療室の管理方法や、各病院に常駐する集中治療医がいないことが要因と考えられます。集中治療医がいない病院は、麻酔科医が手術後の引継ぎで集中治療医のような役割を担っていることがあり、救急医は緊急に処置が必要な患者を常に診るので、集中治療医と同じような対応が必要となります。この流れから、麻酔科医と救急医が集中治療医になりやすいようです。COLUMN 集中治療医と救命救急医の違いって?
どちらも緊急を要する患者を相手にする医師なので、なんとなく同じようなイメージを抱いている方もいるかもしれません。救命救急医が主に診るのは、救急外来としてケガや病気で運び込まれる重症患者。ゴールは迅速に初期治療を行い、容態を安定させることです。
一方で集中治療医は、とにかく集中治療室に入られた重症患者の管理が主な仕事。場合によっては、救急外来で救命医が処置した患者を集中治療室で引継ぎ、状態を見ながら24時間観察の必要がなくなるまで、管理や処置をします。
病院によっては、救命救急医が集中治療医を兼ねていることもあります。
ある集中治療医の1日
集中治療医の働き方はシフト勤務。だいたい朝8時~17時の「日勤」と、17時~8時の「夜勤」に分かれています。日勤の集中治療医の主なスケジュールを見てみましょう。
出勤
まず昨夜から朝までの間に起こったことや現在の状態をカルテで確認します。また検査の結果が出ているときは、その数値などもチェック。
患者一人一人の容態が安定しているかどうかを注意深く確認します。
回診
ベッドサイド、またはカンファレンス室で回診をします。各科の医師や看護師、薬剤師、理学療法士、臨床工学技士などの多職種でディスカッションをおこない、それぞれの患者のその日の方針を決定します。
患者への処置対応
回診により決定した処置を、実際に患者へおこなっていきます。
また検査が必要な場合は検査の登録、翌日以降に必要な点滴をオーダーしておくなどの細かい業務も対応します。
昼食。研修医教育の実施
メンバーと交代で昼食をとります。
教育施設では研修医教育の実施が入ることも。初期研修医の研修や集中治療医を目指す医師への講義など、後進育成のための仕事も大事な医師の役割です。
患者の管理、予定手術の術後入室の受け入れ
引き続き、患者の容態を注意深く観察しながら処置をおこないます。
また心臓血管外科や脳外科などの大規模な手術が予定されていた患者がいるときは、手術を終えた後に集中治療室で引継ぎ、管理・対処をします。
夕方の回診後、当直医(夜勤)に引き継ぎ
回診で患者一人一人の状態を確認し、出勤してきた夜勤の当直医にデータを引き継ぎます。
日中に起こったこと、実施した処置、これから起こりそうなことを伝え、その日の勤務は終了となります。
退勤
もちろん、集中治療室の患者は容態が変わる可能性があるため、スケジュール通りにいかないことも。常に変化に対して臨機応変に対応する必要があり、大きな急変であれば予定を変更し患者に寄り添います。
また、救急外来や一般病棟からの急変による緊急入室も頻繁に発生します。集中治療医は常に変化に対応し続けながら業務にあたっているのです。
集中治療医だからできる!やりがいポイント
そんな緊張感のある現場で働く集中治療医たちですが、その分得られるやりがいも充分。現役の集中治療医が感じている、やりがいポイントをまとめました。※所属は2020年取材当時のものです。
1.重症者の命を救うことができる
集中治療室には毎日さまざまな重症の患者が運ばれてきます。呼吸不全、敗血症、心不全など、一刻を争う状態で入室されます。
ずっと診ていた患者が入る場合もありますが、ほとんどが初見の状態。データと現状を把握し、処置を見極める必要があります。
そんな複雑な病態の患者を、迅速に分析し、全身管理をおこないながら何が問題か、救うにはどうしたらいいのかを総合的な知識で判断し治療。集中治療医は重症だった患者の命をつなぎとめることができるのです。
自治医科大学さいたま医療センター 増山智之 先生コメント
複雑な重症病態を紐解き、全身管理を行いながら、病態の本質を見極め治療介入するといった急性期総合診療の側面にやりがいを感じています。もちろん治療の甲斐なく助からない方も多くいらっしゃり、無力感を感じることもあります。自分の中で、常にベストを尽くす姿勢と、患者とその家族、主治医、チームの意見を聴き議論を忘れない診療を行うことで、気持ちのバランスをとっています。
2.幅広い知識が得られる
集中治療医はさまざまな科から入室する重症患者と向き合うため、医師としての基本的な技術や生理学的な知識だけでなく、一定以上の内科的・外科的な知識が必要です。また、各専門分野の重症患者に精通し、患者に合った全身管理の徹底、治療タイミングの判断という高い専門性も必要とされます。
また経験だけでなく、常に知識のアップデートも重要。臨床の現場で総合的な診断をする能力が日々養われます。
患者の容態を安定させるために、さまざまな知識と経験が毎日役立つのです。
奈良県総合医療センター 集中治療部 岩永航 先生コメント
非常に高い専門性が必要とされる集中治療医は、オーケストラでいう指揮者に例えられることがあります。自分たちが主役となるのではなく、各専門科のサポートをすることで、どんな重症でも当たり前のように患者がICU退室をして、家に帰れる様になっていただくことにやりがいを感じています。
3.チームで一体感が得られる
集中治療室では、集中治療医や専門医などの医師だけでなく、看護師や薬剤師、臨床工学技士、理学療法士、栄養士などさまざまな専門職種の人々とともにチームを組み、治療に当たります。
それぞれの患者に対して多職種のメンバーに意見を聞いたり必要な対処をお願いしたりとお互いで患者をサポートするため、自然と一体感が生まれます。さらに重症患者を救えたときは、チームみんなで喜びややりがいを分かち合え、より強固な信頼関係へとつながっていきます。
JA広島総合病院 救急・集中治療科 櫻谷 正明 先生コメント
臨床工学技士は人工呼吸管理、管理栄養士は栄養管理、薬剤師は抗菌薬などの薬剤管理についてなど、いろいろと教えていただき自分になかった視点に気づくことができました。もちろん、複数の医療従事者が関わり、必ずしも同意見ではないことがあります。でも患者さんを良くしたいと思う気持ちはみな同じです。なるべく皆さんに寄り添った選択ができるといいなと思います。集中治療医はそれができる1人ではないでしょうか。
4.各科の医師の信頼を得られる
集中治療医の判断や対処で急変した重症の患者を救う、または納得のできる対処ができると、その患者の担当医師に感謝され信頼関係が強くなります。
集中治療医がいない病院では、重症患者が出た場合、各科の担当医師が集中治療的役割を担いますが、集中治療医が常駐している場合は重症患者の観察を集中治療医に依頼することになります。
やはり担当医としては「患者を預けるのは確かな医師に」といった思いが当然あります。そのため、集中治療医は担当医との信頼関係が大切。各科の医師にない重症状態での幅広い知識と経験により確かな判断ができれば、その後も「あなたに任せたい」と強い信頼を得られます。
また、各科の医師とのつながりが深くなることで、症状に対する相談などもしやすくなり、自然と病院内に横のつながりが出てきて、幅広い交友関係を築くこともできるでしょう。
TMGあさか医療センター 神経集中治療部 江川悟史 先生 コメント
最後の砦として皆が頼ってくれ、とてもやりがいがあります。私は集中治療医がいない病院で一人集中治療医として働き始めましたが、さまざまな科の先生が「これまで助けられなかった患者さんを助けることができるようになった」と言ってくれ、集中治療医の存在意義を自分自身でも実感できました。患者さんからも病院内のスタッフからも感謝される職種であり、仕事も日々充実しており、この世界に入ってよかったと思っています。
5.非重症患者の急変のリスクも回避できるようになる
集中治療医は、毎日重症患者の急変に至る原因を考えているため、さまざまな急変のリスクを知っています。そのため、非重症患者を診る時も急変リスクを先回りして回避できるのです。
また、日々急変する患者を診ていることで、急変に対して冷静に対処ができるところも集中治療医の強みといえるでしょう。
聖路加国際病院 集中治療科 石井賢二先生 コメント
専門領域に関わらず、研修医の先生にも急変を起こさないための管理、また急変時の管理を教育することができ、研修医の先生たちにとっても毎日の自身の診療にかかわることなので、大変興味を持って学ぼうとしてくれるのが、やりがい、強みと感じます!
その他にもこんなにやりがいが!
現役集中治療医に聞いた「集中治療医あるある」
- 救命、重症管理、緩和、Rapid response systemなど急性期総合診療の要的存在としてどんなフィールドでも活躍できるチャンスがあると思います!
- 集中治療を学ぶ際には基礎に麻酔や救急の専攻が必須となりますが、それらに加えて内科力も非常に重要になってきます。永遠に学びが必要であることは覚悟した方がいいかもしれません。
- 集中治療医学は臨床としても学問としても非常に楽しい分野です。
他科のスタッフ、パラメディカルとの関わりも多く、人間的にも成長できます。友達もたくさんできるかもしれません! - こんなに多くの医療職種の方々と協働する事はなかなかないと思います。
学問としてもわからないことが多く、毎日新しい発見があります。 - しっかりとした知識をつけることも大事と思いますが、
それ以上に各科の専門科の先生方とのコミュニケーションの能力は、もっと大切なスキルなんだと思います。 - シフト制での勤務は漠然と素晴らしいと思いますが、また自分のいない時に非常に忙しかったり珍しい症例が入ったりして、自分以外のみんながやり切った感や面白症例などの思い出を共有し合っている時は、とても寂しい気持ちになります。
まだまだ日本では集中治療は学問的に新しく、各診療科の医師が管理する集中治療室も多いです。しかし、幅広く豊富な知識を持つ集中治療医が専従して重症患者を管理することで、各科の医師が専門分野に集中することができ、さらに集中して患者を観察できるため患者の予後を良くする可能性もあることは、広く周知され始めています。
2020年2月頃から日本で流行している新型コロナウイルス感染症も、重症化した患者は集中治療医の専門的な知識と治療を必要としています。まだ国内の集中治療医は不足していますが、今後も集中治療医に対するニーズは高まることが予想されるでしょう。