PICS 集中治療後症候群
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PICS-F
疫学
集中治療室(ICU)に入室した患者の家族は、患者が生命の危機に瀕しICUに入室するというイベントをきっかけに、 不安障害、抑うつ、急性ストレス障害(PTSS)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、複雑性悲嘆といった精神障害を発症するとされています [1]。PICS-Fは20〜40%の家族に発症するといわれていますが、評価に用いられるスクリーニングツール、評価時期は研究によって様々であり、 PICS-Fの有病率は研究によって大きく異なっています [2]。 また、これらの精神障害は患者がICUを退室した後も数年に渡って持続するという報告もあり [3]、 患者の家族は自らの精神障害を抱えながら患者の介護を担っていかなければならなりません [4]。 そのため、患者の長期予後を考える上では、家族の精神障害も同時に解決していく必要があるとされ、 2012年に米国集中治療学会(Society of Critical Care Medicine; SCCM)から Post Intensive Care Syndrome-Family(PICS-F)という概念が提唱されました [1]。
PICS-Fの発症は患者のICU入室による家族の精神的負担が引き金となりますが、家族が受ける影響は精神的なものだけにはとどまりません(図1) [2]。 度重なる医師からの病状説明のための来院が繰り返されることによる疲労、入院費用の工面や介護のための休職による収入の低下など、家族は身体的、 社会経済的な面も含めて多方面からの影響を受けることになります。 そのような負担にうまく適応できる人もいれば、適応できずに更なる負担が積み重なっていく人もいるでしょう。 そうした多方面からの負担が積み重なった結果としてPICS-Fを発症し、家族のQOLの低下へと繋がっていくとされています。
リスク因子
PICS-F発症のリスク因子は、主に患者因子、家族因子、その他の環境因子に大別されます(図2)。 これらのリスク因子の中には年齢や性別など介入できない因子もありますが、 医師や看護師と患者家族とのコミュニケーションによる不満など、 医療従事者が介入可能な因子もあります。これらの介入可能な因子はPICS-Fの発症予防に有用である可能性があります。予防
ICU患者の家族は患者の病状に対する正確な情報を与えられ、病状を理解し、家族の不安やニーズを他者に知らせ、 苦痛を解消することを望んでいます。そのため、PICS-Fの予防としては、 主にこれらの家族のニーズに対処するためのコミュニケーションツールに焦点が置かれています。現時点で報告されているものとしては- 家族向け情報提供冊子:ICUに関する基本情報(人工呼吸器や鎮静薬についてなど)をまとめた冊子
- ICUダイアリー:医療従事者が日々の患者の様子を記載する日記
- コミュニケーションファシリテーター:家族への病状説明の際に立ち会うなど、医師と家族との間の認識の違いを是正したり、 コミュニケーションを円滑にしたりするための存在(医療ソーシャルワーカーや看護師が多い)
家族が受ける影響は精神的なものにとどまりません。 そのため、PICS-Fを予防し適切なフォローアップ体制を構築していくためには、医師や看護師だけでなく、 医療ソーシャルワーカーなどの多職種をも巻き込んでいく必要があります。
参考文献
- Davidson JE, et al. Family response to critical illness: postintensive care syndrome-family. Crit Care Med. 2012 Feb;40(2):618-24.
- Shirasaki K, et al. Postintensive care syndrome family: A comprehensive review. Acute Med Surg. 2024 Mar 11;11(1): e939.
- Desai SV, et al. Long‒term complications of critical care. Crit Care Med 2011;39:371.
- Cameron JI, et al. One-Year Outcomes in Caregivers of Critically Ill Patients. N Engl J Med. 2016;374(19):1831-1841.